研究テーマ/研究内容
本研究分野は,1977年5月に暴風雨災害研究部門として設置された。その後,1996年に大気災害研究部門(大部門)が設置され,暴風雨災害研究分野としてこの大部門を構成することとなった。さらに2005年4月に,大気・水に関する現象やそれに伴う災害の発現機構を解明し,その予測と災害軽減のための基礎を確立することを目的とした気象・水象災害研究部門に統合され,同時に暴風雨・気象環境研究分野へと改称した。
本研究分野は,台風,集中豪雨,竜巻などの気象現象とこれに伴う気象災害,及び災害軽減のための観測・予測技術の開発に関する研究を行っている。また,その背景となる,メソスケール(中規模)からアジアモンスーン地域等リージョナルスケール(地域規模)のエネルギー・水循環や大気環境,及びそれらの変動,人間活動の影響について研究を行っている。さらに,これらの現象の素過程である乱流,渦・波動,海面・陸面過程と大気境界層,スケール間相互作用に関する研究も行っている。
研究を進めるための設備,手段としては,超音波風速温度計,赤外線式湿度変動計などの各種測器を用いた気象観測システム,静止気象衛星画像受信装置,大気拡散予測システムHOTMAC,各種気象数値モデル,対流圏輸送・拡散・反応・沈着モデルなどがある。
現在の主な研究課題とその内容は以下の通りである。
(1) 様々なスケールの大気運動(乱流,渦運動など)とそれらの力学的相互作用
乱流,渦運動,非線形波動を対象に,それらの不安定,発達,成層や回転による効果を中心課題とし,これらの基礎研究を通して「環境流体力学」の構築を目指している。特に,乱流構造と輸送機構に関しては,それらに及ぼす密度成層効果を含めて体系的な研究を実施してきた。この密度成層効果については,運動量とスカラー量の乱流拡散,鉛直と水平方向拡散,壁面領域とその上空あるいはせん断乱流と自由乱流に対する成層効果の相違を実験的(室内実験,観測),理論的研究を通して明らかにし,成層の極限状態にも適応できる成層乱流理論の構築を行ってきた。
(2) 大気陸面相互作用とアジアモンスーンのエネルギー・水循環
1996年度から5ヶ年計画で実施された国際共同研究特別事業「GEWEX アジアモンスーン観測計画(GAME)」と,これに引き続く「統合地球水循環強化観測計画(CEOP)」に参加し,モンスーンアジアでのエネルギー・水循環の観測研究を実施している。
GAME-Tibetではプロジェクトリーダーを務め,標高4000mを越え,広大な面積を有するチベット高原上の数地点で地空相互作用の観測を実施し,チベット高原がアジアモンスーンに及ぼす影響,さらに地球規模での熱,水循環に占める役割を明らかにしてきた。GAME-tropicsでは,降雨の日変化を調べ,東南アジア内での地域特性,早朝豪雨の発生地域の存在を明らかにしてきた。CEOPの一環として実施しているCampーTibetでは,新たな観測点を展開し,地表面フラックスの連続観測を実施した。また,人工衛星データを用いた地表面フラックス算出も並行して実施し,NOAAデータを用いたGAME-Tibet期間の地表面フラックスの算出,GMSデータを用いたチベット高原全体の地表面温度の算出等を行った。
(3) メソスケール気象現象の構造とその発生・発達機構
メソスケール気象現象として,台風,集中豪雨を重点的に取り上げ,雲・降水現象に含まれる力学素過程,気象システムのエネルギー論を中心とした基礎研究を行ってきた。
台風の力学的メカニズムに関しては,気象衛星,レーダーなどのデータ解析と数値モデルをもとに,渦運動,乾燥貫入,成層圏との相互作用など新しい観点から研究を実施してきている。例えば,台風9807号の事例について,台風後面での強風発生機構を明らかにした。また,台風の温帯低気圧化過程に関する研究を開始した。さらに,台風眼の非対称構造の成因に関する理論的研究を進めた。
台風に伴う竜巻に関しては,数値モデルで再現した台風循環の解析から台風循環内の特定の場所で竜巻発生の指標となる物理量が極大となることを明らかにし,その予測可能性に関する展望を得た。
集中豪雨についての研究として,近年の事例について気象データ,数値モデルを用いた事例解析を進め,豪雨の維持・発達機構として乾燥貫入による蒸発冷却と冷気外出流の強化機構を提唱し,その予測可能性を検証している。また,異常発達する温帯低気圧の発達メカニズムの研究も数値モデルを用いて行っている。
(4) 大気境界層乱流の組織構造と対流圏の雲物理・降水過程,乱流拡散
遠隔計測装置として,ドップラーソーダ(音波レーダー),境界層レーダー,RASS(電波音波探測システム),MUレーダー(中層超高層大気観測用大型レーダー),降雨レーダー,レーザーレーダーを用い,これに人工衛星データとして静止気象衛星データなどを組み合わせた対流圏気象観測システムの構築を京都大学宙空電波科学研究センター(現:生存圏研究所)と協力して行ってきた。そして,それを用いた観測として,大気境界層乱流の組織構造と対流圏における雲物理・降水過程,乱流拡散の研究を実施してきた。また,数値モデルを用いたラージ・エディ・シミュレーションにより,大気境界層乱流の空間構造と時間発展に関する研究も行っている。
(5) リージョナル,メソスケールの大気環境変動
酸性雨,光化学オゾン,エアロゾル汚染を対象に,これらの輸送,拡散,反応,変質,沈着の素過程の基礎研究を実施してきた。また,対流圏大気質の輸送,反応,沈着数値モデルを完成させ,これを用いて,大気汚染,環境酸性化と地球温暖化への影響の研究を実施してきた。対象領域として,都市,メソスケールから東アジア域に及ぶリージョナルスケールを扱ってきた。
大型プロジェクト研究として,“Model Intercomparison Study in Asia”(MICS-Asiaプロジェクト,IIASA-環境省支援),「アジアでの酸性雨数値モデル研究プロジェクト」(RAINS-Asiaプロジェクト,世界銀行支援)の研究代表として計画を推進してきた。また,“Project on Longrange Transboundary Transport of Air Pollutants in Northeast Asia(大気汚染長距離越境輸送研究プロジェクト)”(日中韓LTPプロジェクト,韓国環境省支援)や文部科学省の「アジア大気エアロゾル特性研究計画」(ACE-Asia),科学研究費特定領域研究「対流圏化学のグローバルダイナミックス」などの研究に参加している。これらにより,東アジアでの対流圏オゾン・酸性雨の特性,特にこれらの歴史的推移と将来,黄砂飛散とそれによる酸性雨の中和,及び三宅島火山噴火に伴うエアロゾルの環境影響などを明らかにしてきた。